■デコさんて、どんな人?

□■前島ひで子■□Hideko Maejima■□

 

日女道創始者・メーキャップアーティスト

エッセイスト・画家・脚本家

スピリチュアルアドバイザー

 

■活動・・・人生の生き方教室開催

・年間250を超える全国公演活動(企業研修含む)

・株式会社ヴィーナス副社長

 

 

■1949年6月7日生まれ、好物スイカ。

 

自身もメーキャップアーティストとして活躍しながら、全国にメイクを対象としたスクールを開校。母、妻、主婦としての一面をもち、多忙を極めながら神秘体験を得る。

 

「MAKE UP」の筆を「WAKE UP」のマイクに持ち替え

年間250を超える講演、企業研修に全国を飛び回りながら

人間の在り方、内外両面においての本当の美しさ、本当の幸せについて

台本なく、その場にて聞く者の立場にて語る。

 

太陽のごとく生きる道を提唱し「日女道」を開校し、今年16年目となる。

毎月の授業では全国から生徒が集まり、真理、真髄のお話に笑いが絶えない教室を展開。

 

近年では自身が人の覚醒のための脚本を書き上げ、監督を手掛けた

オール参加型ミュージカル「裸の王様」が好評を得ている。

昨年末までに17作に渡り書き続け、2泊3日かけての公演など斬新な脚本をも手掛けている。

 

絵画、書、エッセイなども精力的に取り組み、多数の作品がある。

 

 

 

 

 

 

 

■デコさんの歴史記事

 

デコさんへの誌面インタビュー記事です。

 

日本女性の魂を覚醒させる 

 

ヴィーナス副社長 前島ひで子

 

神秘体験を経て人の命、魂の尊厳性を悟りそれを人々に伝えるべく活動を続ける前島ひで子さん。その前島さんが女性の生き方「日女道」を提唱したのは十年ほど前。日本で家庭崩壊が進み、大切な家族愛が失われていく中、「女性の魂が覚醒すれば家庭、そして日本は立ち直る」と活動を始めた。日女道による日本女性の覚醒を自らの志とする前島さんに、日女道に込めた思いを語っていただく。

 

■ビックバンによる魂の覚醒

 

私の人生観、仕事観を大きく変えるほどの”ビックバン”が起きたのは三十三歳の時でした。それは、自分が価値があると思っていたこと、好きだと感じていたこと、音楽のジャンル、人との付き合い方、ファッション・・・・あらゆるものを百八十度変えてしまうくらい衝撃的ば出来事でした。

当時の私はメークアップアーティストとして活動し、小さいながらも会社を営んでいました。他との勝ち負けや周囲の評価を意識し、自分を誇示しながら生きていました。しかし、ビックバンによって自分の中に秘められた途方もないパワーに気づいて以来、そういう小さい個我はどこかに消え去ってしまい、自然体で堂々と生きられるようになったのです。

ビックバンを体験したのは、幼少期から霊的な下地があったことも一つの要因かと思います。

これからするお話は、とても受け入れがたいとおっしゃる方がいるかもしれません。しかし、私の人生、そして自らの使命である「日女道」を語る上で、そこは決して避けて通れない部分です。

私は埼玉県の自然豊かな環境の中で育ちました。物心ついた頃から風や草花の声を聞き、蝶や小鳥と会話できる不思議な力が備わっていました。未来のことや人の生死なども、どういうわけか予知できるのです。

幸いだったのは「いま蝶々とお話していたの」「風になっていたの」という私を、母親は決して否定することなく「とてもよく分かる。とてもよく分かる」と温かく受け入れてくれたことでした。そのために心が歪むことなく、のびのびと育つことができました。今日の私があるのは母のおかげだと思います。

ただ、こういう霊的な素質があったことと、自分の魂や生き方に目覚めることとはまったく別問題です。若い頃の私は無神論者で、信仰や精神修行などまるっきり関心がありませんでした。

高校を卒業するとメークの世界に飛び込み、厳しい競争社会の中で生きてきました。私は、三十三歳の時に東京に小さな会社を構えました。最初は訪問販売からのスタートでした。自然の素材を使った肌に優しい化粧品を開発し、プロの美容師達を訪ねては販売するという毎日でした。家事や子育ての傍ら東京・名古屋・大阪・福岡にメークスクールを持ち指導するようになりました。いつしか人気のメークアップアーティストとなっていました。

心の中で激しい精神的葛藤が始まったのは、このように仕事がとても順調な時でした。経営者としての重責や対人関係など様々な不安や悩みが頭をもたげて、悶々と悩むようになったのです。

それに加えて「自分は何のために生きているのだろう」「人間は死んだら無に帰するのか」「同じ人間でありながら、どうしてこんなに不平等なのか」。それまで深く感じたことのなかったこれらの根源的な問いが、消しても消しても次々にわき上がってきます。

仕事が苦しいわけではありません。不幸でもありません。逆に生活は満ち足りているほどでした。しかし、これらの問いは私をギリギリの精神状態に追い詰め、その答えばかり求め続ける日々が約一年間続きました。それは「助けてください」という祈りにも似た強烈なものでした。

そして五月のある日、ついにビックバンはやってきました。その時の様子を言葉でどう表現したらよいのでしょう。庭にいると、突然体の奥底から至福感に似たある強い感情が、まるで嗚咽のようにドッと込み上げてきたのです。と同時に、その強烈なパワーによって心の堅い甲冑がバーンと大きな音を立てて弾ける衝撃を感じました。それからは言葉では言い尽くせない解放感、至福感が私の心を満たし続けました。

理論も理屈もありません。何時間も芝生に俯せになって喜びに号泣しながら、心の中で「分かった、分かった。大地も私、宇宙も私、あなたも私もない。分かれているものなどは何もないのだ」と叫び続けていました。

 

(2012.11.07.up)

■自分とは一体何者なのか

 

いま思うと、これも天の計らいだったのだと思います。もしギリギリの精神状態に追い込まれ、人生に悩むことがなければ、私は富や名声ばかりを追い求める鼻持ちならぬ人間になっていたに違いありません。予想もしないビックバンではありましたが、これによって自分の個我が割れ覚醒したことは確かでした。

この時、私ははっきり納得したことがあります。それは自分が一体何者なのかということです。

人間の本体は、いずれ灰に帰する「肉体」ではありません。好き嫌い、喜怒哀楽の感情に揺れ動く「心」でもありません。心という門を掘り探り、さらにその奥にあって、途方もない可能性を秘めた「命」「魂」なのです。

人間一人ひとりの個性は皆違います。男性、女性、白人、黒人、黄色人種、豊かな人、貧しい人、いろいろです。しかし、心の奥にある魂のレベルにまで入れば、もう彼我の区別はありません。あなたも私、私もあなたなのです。

もし、すべての人が自分の素晴らしい魂に覚醒し、人類はすべて兄弟姉妹であることがわかれば、世界から戦争はなくなるでしょう。地上天国も夢ではなくなります。

ビックバンの衝撃の後、心が静寂を取り戻すにつれて、私は自分の体験したことをなんとか周囲の人に伝えたいという思いに駆られました。縁ある一人ひとりの計り知れない魂のパワーを覚醒させ、世界を平和にするお手伝いをしたいと思ったのです。

私の講演活動はこのようにして始まりました。友人四十人ほどを集めた会を開いたのを手始めに、メークの仕事の空き時間を見つけては、美容室など色々なところでお話をさせていただく機会が増えていきました。

とはいっても、私にはそれによって組織を大きくしたり、お金儲けに走ったりという考えはまったくありません。参加者からは少額の受講料をいただき、交通費や宿泊費はもちろん、主催者に資金的余裕がない場合は会場費も自分で負担しながら活動を続けてきました。

時はまさにバブル経済の最盛期。人々の関心は精神性の探求よりも経済的な豊かさに向き、「何か変な宗教でも始めたの?」と怪訝な顔で尋ねられたことも一度や二度ではありませんでした。しかし、そういう中でも私の話に耳を傾け、ファンになってくださる方は着実に増えていきました。

そして二十年近くたったいま、講演の数は年間二百回を超え、私の生命に対する考えを学び、地域のボランティア活動などで、実践してくださる方々の「生命の学校」は全国で十四か所を数えます。

 

■掃く、拭く、磨くの実践が魂を輝かせる

 

親殺し、子殺しという言葉がよく聞かれるようになったのはいつ頃だったでしょうか。二十年ほど前だったと記憶しています。ちょうどその頃から、”お袋の味”はインスタント食品の”袋の味”に変わり、人間の体に有害な新建材を使用した住宅が数多く造られたりと、衣食住のすべてにわたって日本人がおかしくなりました。

私が心を痛めたのは、本来人間の愛を培うための家族、ことに親子関係が崩壊しつつある現実でした。夫婦はいったん関係が切れればもう他人かもしれません。しかし、親子だけは永遠に切ることのできない深い絆で結ばれているのです。

国同志の戦争でも、愛しい我が子を亡くした母親の悲しみに国境などあろうはずがありません。私は時代や環境が変わっても不変の母性愛について深く考えた時、「最も必要なのは女性の教育だ。女性が本当の女性性に目覚めれば日本は変わるはずだ」と思いました。そういう思いで十年ほど前に提唱したのが日女道です。

「ひめ」は私の子供の頃、父親がつけたペンネームです。私の本名・ひで子には日の出のような一条の希望の光であれという父親の祈りが込められています。私が日女道で伝えたいのもそれと一緒です。生活は苦しくても、明るい笑顔で子供を抱きしめられる母親。ご主人に対して不平不満をぶつけることなく温かく支え続けられる妻。そういう女性本来の姿に戻れば、女性が持つ魂は光り輝いてくると思ったのです。

ですから日女道は昨今の風潮のように男女平等や女性の権利を訴えるものでもなければ、家庭や職場で男性と肩を並べようとするものでもありません。むしろ男性と女性がお互いに特性を生かし合うことで失われつつある夫婦、家庭の価値をもう一度見直し、立て直していくのが大きな目的なのです。

このことが分かった時、私は日女道のために、残された人生のすべてを捧げることを決意しました。そして「生命の学校」の仲間から希望者を募り、東京のビルの一室を会場に月一回、一年コースの教室をスタートさせました。

ところで、私は先ほど、魂を覚醒させるというお話をしました。では、そのために何をどうしたらよいのか。女性性を輝かせるにはどうしたらよいのか。私の人生経験や啓示によって教えられた事柄を交えながら少しお伝えしておきたいと思います。

私はビックバンによって人間の魂に計り知れない価値があることを知りました。その視点で周囲の環境を見渡した時、粗末だと思っていた我が家が、魂を包み育むかけがえのない”御社”だと心から思えるようになりました。

そこで自ら始めたのが、「掃く、拭く、磨く」という実践です。玄関や居間を掃き、廊下を雑巾で拭く、窓ガラスや食器を磨く。そういう単純なことを地道に続ける中で、いろいろな気付きを得、魂が清まっていくのを感じました。それに加えて挨拶をする・・・・。

つまり、魂の覚醒とは決して遠い世界の話ではなく、身近な生活の中にその入り口があったのです。

日女道の教室に通う女性たちには、まず家庭で「掃く、拭く、磨く」を実践し、自分の”御社”をきれいにしてもらいました。ご主人に対する朝晩の挨拶、靴磨き、スーツのブラッシングといった心配りをさりげなく行うことを徹底させました。

その上で、月一回の教室では、人間には一時的な感情や環境に左右されない真実の愛があることを伝えていったのです。

ただそれだけのことで、とおっしゃる方がいるかもしれません。しかし、はっきりと申し上げられるのは、その実践によって受講生の女性性が輝き出し、家庭は明らかによくなっていったことです。

 

■日本女性を蘇らせる日女道

 

千葉県四十代の女性の話です。この女性はご主人と離婚し、子供はご主人に引き取られました。そのショックから深刻なノイローゼに陥り、何年もの間、まるで廃人のように布団に寝たままの生活を続けていました。ある日彼女が目にしたのがポストに投げ込まれた地域のコミュニティー誌でした。私の講演会の案内にあった「出会いは必然」というキャッチフレーズが彼女の琴線に触れたらしく、何年もしたことのなかった化粧をして、講演会に足を運んだのです。

彼女の存在は私の注意を惹きました。最前列に座り、生きる希望を失い、私の一言一言に否定的でした。最後に傍らに呼んでしっかりと抱きしめてあげました。

その後、彼女が「生命の学校」に入校し、日女道を学ぶようになるなど誰が想像したでしょう。しかし彼女は私との約束を守り、密かに「掃く、拭く、磨く」の実践を続けたのです。「もう一度外に出てみよう」と思った彼女はエステティシャンの資格を取り美容室で働き始めました。日女道の教室ではリーダー的存在となり、その明るいキャラクターは皆の憧れの的となっています。

また、愛知県のある女性は、離婚寸前の状態でした。いわゆる仮面夫婦で長いことまともに口もきいていないといいます。

悩みを打ち明ける彼女に私は「ご主人を変えようとしないで、あなたが変わりなさい」とアドバイスしました。そして日女道の実践を徹底させたのです。半年ほど経った後、彼女は教室から帰るとご主人の前で三つ指をつき、「長い間、あなたに対して傲慢でした」と頭を下げました。この一言によって円満な夫婦関係を取り戻したといいます。

彼女のようにご主人の前で一歩引く力のある人は、いざという時、家族を守るために前に出る力もあります。日女道によって、真の自立した淑女に変身していくのです。

このほかにも、離婚した夫婦が七年ぶりによりを戻したり、自殺を思いとどまる人がいたり、それぞれに様々なドラマがあります。

日女道は今年(2009年のことです)で七年目(七期生)を迎えます。メンバーは”老若女女”百六十名。月一回の教室のために沖縄など遠方から上京する人が何十人といます。深い悩みを乗り越えながら、素晴らしい夫婦関係、家族関係を築いていく仲間の笑顔を見ることは、私にとって何よりの喜びとなっています。

現在、この世の中を見渡すと様々な矛盾や苦しみに満ちています。しかし、忘れてはならないのは、私たちが逃げたい、嫌だと思う出来事は、実は私たちの魂を覚醒させるチャンスだということです。私がビックバンの前に精神的な限界にまで追い詰められたように、目の前に大きな覚醒のチャンスが迫ってきている証なのです。表面的な豊かさや欲望をそぎ落とした時、そこには計り知れないパワーを持つ魂、命が存在していることを忘れてはいけません。私は人間の魂を覚醒させる活動を女性たちを中心に行っています。いまはまだ小さな動きですが、この動きが日本を大きく変えていければと密かに願っています。是が私の人生の志であり、その志を果たすためには誰よりも私自身が二十四時間覚醒した人間でなくてはならないと思っています。

 

(月間誌「到知」2009年12月号より抜粋)